メニュー

お好み焼きみたいな朝の味から始まり、田子の浦の海でゆっくり陽が落ちた夕暮れ。

[2025.11.17]

朝に、そろそろ本腰入れたスライド作成をしようとPCとにらめっこしてから家に帰った。
日曜日の朝はちょっと迷う。ジムに寄ってから家に帰るか、そのまま帰るか。
そんな小さな岐路に毎週のように迷う。昨日はなんとなく、そのまま家に向かった。

普段は家族と朝食を一緒に食べていないから、今日は一緒に朝食を食べてみようかと。

">息子が最近は毎朝、目玉焼きを妹たちに作ってくれているらしい。
そうか、僕が知らないところで、こんな朝が続いていたのか。

外からの光が眩しい朝食をこどもたちととる。
目玉焼きにおたふくソースとマヨネーズをかけるとほぼお好み焼きの味になるんだって。
長男と次女と同じ味付けにしてもらって、朝から大阪の夜を思い出す。

緊張の糸がほどけて、リビングの床で眠ってしまった。
起きると、子どもたちが妻のいうことを聞かず、妻は布団に潜り込んだまま出てこない。仕方なく、子ども3人を連れて近所のラーメン屋に4人で歩いて行った。
「父親をやっている自分」が、ぎこちなく座っている。普段の妻がいる時間が自然すぎて。
でも、たまにはいっか。

家に戻ると、妻の機嫌は何事もなかったように戻っていて、まつぼっくりを拾いに田子の浦のみなと公園へ遅い出発。
次女が学校でクリスマスリースを作るらしい。昨日行った西公園にまつぼっくりはなかった。検索すると、みなと公園にはあると書いてあった。

公園では自然と男チームと女チームに分かれ、男チームはキャッチボールを本気で楽しんだ。女チームはちょっと離れた場所で大量のまつぼっくりを仕入れてきていた。みんなが少し疲れたところで、海岸沿いに座って、この前先輩に渡しそびれたお土産のうなぎパイを食べながら海を眺めた。
三保に落ちる夕日に照らされた海をぼーっと眺めてたんだ。
子どもたちは縄跳びをし始めたけれど、僕はただ海を眺めていた。

夜はちょっとしたパーティだった。
トイレから戻るとクラッカーが鳴った。息子のクラッカーはバズーカだった。特大のバズーカクラッカーは500円したらしい。
バズーカの音がすごくて、大爆笑。

30代最後の1日は、そんな日曜日だった。

30歳になったとき、当時流行っていたFacebookで先輩がくれたメッセージはなぜか10年間たびたび思い出していた。
「最高におもしろい30代にしてくれ」
そんな感じの言葉だった。時々点検していて、そのたびに、うん、なんとなく楽しい時間を過ごしているなと確認できてはいた。
今、その総括をする。きっとみんなそうなんだろうけれども、確かに僕も、最高におもしろい30代だったんじゃないかな。

昨日1日考えていた。
40代は、どんな時間にしたいだろうか。

波の音が届く場所で、ただ何もしないでいる時間が、夕日に焼ける海をみながらぼーっとしていた時間が、とても愛おしかった。

そうだな。
40代はできるだけ “ぼーっとする時間” を増やそう。
今日で僕は40歳になった。

HOME

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME

質問はこちら