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一本の線  ~覚悟は、ときどき美しさになる

[2026.07.14]

日曜日、一年でいちばん大きな体操大会、県ジュニアがありました。朝から夜まで、本当に長い一日でした。大会というと、順位や点数の話になりがちです。でも僕の中に残っているのは、数字ではなく、それぞれの子どもたちが見せてくれた表情や、その日体育館に流れていた空気です。

長女は前日の練習で平均台がうまくいかず、指導者の先生と六時間近く向き合っていました。技を残すのか、抜くのか。体育館の空気まで重たくなるような時間でした。きっと何度も悔しかったでしょうし、たくさん泣いて、汗なのか涙なのか分からないものを何度も拭きながら、それでも平均台に立ち続けていました。
だから本番で長女が平均台に立った瞬間、僕はもう勝負のことなんて考えていませんでした。ただ、落ちないでほしいと思いました。演技が始まると、不思議なくらい動きがきれいでした。長女は身体能力で圧倒するタイプではありません。でも、動きにはいつも一本の線が通っています。無駄な力がなくて、見ているこちらまで静かになります。隣を見ると、妻は泣いていました。僕も少し危なかったのですが、なんとか持ちこたえました。

本気で格闘した後にしか出せない線というものがあるのなら、あの演技にはそれがありました。

息子は普段、体操に関してはあまり感情を表に出してきません。淡々と練習して、淡々と帰ってきます。燃えているようにも見えないし、落ち込んでいるようにも見えない。だから、ときどき本当に楽しんでいるのかなと思うことがあります。でも大会になると少しだけ違いました。技が決まると全身で喜びます。順位が気になって、そわそわと落ち着かなくなります。その姿を見ると、「ああ、ちゃんと勝負していたんだな」と安心します。

普段は静かな川でも、雨の日には流れが速くなるように。そんな当たり前のことを、僕は大会のたびに思い出します。

そして次女。静岡チャンピオンではありますが、まだ小学二年生。県ジュニアは四年生からなので、今回は出場できませんでした。それでも朝から夜八時近くまで、教室のお姉さんやお兄さんたちを一生懸命応援していました。「早く帰りたい。」そんな言葉を一度も聞きませんでした。まだ競技には出られないけれど、あの日、いちばん長く体育館にいたのは次女だったかもしれません。二年後が楽しみです。

大会が終わったあと、家族みんなで祝勝会にラーメンやに寄りました。息子はびりではなく、下から二番目でもなかったことに歓喜し、娘も直前で難しい技をたくさん抜いたのでびりでも仕方がないかなと思っていたら、全然そんなことなくて。そんなことよりも、すごいプレッシャーだったんだと思います。夜中のラーメンはきっと体の隅々にいきわたったんでしょう。車に乗ったら三人ともすぐに寝ていました。

そこで一日は終わりませんでした。

一時間かけて家に着き、荷物を降ろしていると、妻がぽつりと言いました。「リュックがない。」長男のリュックでした。「トランクに入れたはずだけど……。」そして妻が続けます。「閉めたときに落ちたんじゃない?」

その言葉を聞いた瞬間、胸がざわっとしました。

確かに僕は、リュックを少し不安定な場所へ置いた記憶があります。トランクを閉めたのは僕だったか、妻だったか。そんなことはもう思い出せません。一人で車に乗り込み、もう一度高速道路へ向かいました。途中から雨が降ってきました。トランクに荷物を積んだあの場所。泥だらけでもいい。濡れていてもいい。そこに落ちていてくれたら。そんなことばかり考えながら体育館へ向かいました。周囲を探しても、道路を歩いても、リュックは見つかりませんでした。朝から積み重ねてきた最高の一日は、少しだけ尻すぼみに終わったような気がしました。でも、落ち込む元気も残っていませんでした。泥のように眠りました。

前日に何時間も諦めずに練習したこと。
普段は見せない喜びを見せてくれたこと。
出場できなくても最後まで応援を続けたこと。
親というのは、案外こういう何気ない場面を一生覚えているものなのかもしれません。

そして翌日。

体育館にリュックは、ちゃんと届けられていました。
長い長い日曜日は、その知らせでようやく静かに終わった気がしました。

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