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横にすれば動くなんて、聞いてない

[2025.09.10]

土曜日に2時間、Air waitと向き合ったけれど、なにも進まなかった。
ゼロからゼロへ移動しただけで、空気の抜けた風船のように時間だけが過ぎていった。

そして予定通り今日の午後、もう一度挑戦した。
クリニックの1階にはおそうじ業者が入っていて、床を磨く機械の低い音が遠くから聞こえていた。
僕は2階の院長室でひとり。
あの音は、きれいにしてくれるはずなのに、どういうわけか部屋をいっそう静かにしてしまう。

iPadを手に取ると、今日もまた画面がロックされた。
なぜか僕が触れると扉が固くとざされる。
機械に試されているような気がした。
ふとiPadを縦から横に回してみると、嘘みたいに扉が開いた。
「そうか、横だったのか」
僕にとっては確かな手応えだった。

ヘルプサポートに電話をすると、担当者は「そうなんです、横でしか使えないんです」と言った。
そんなシンプルな答えに気づくのに、五日もかかった。

横にすれば動くなんて、聞いてない。

待ち項目を新しく作った。
「通常診察」と「隔離診察」。
隔離待合室は限りがある。
院外で待つしかない患者さんに、タイミングよくLINEで通知を届ける。
番号券のテキストも編集できることを知った。
「隔離対応が必要で院外でお待ちいただいている患者さまは、LINEでお呼び出しがかかります」
そう書き込んだら、患者さんはLINEに登録してくれるだろうか。

担当者は電話口でひとつずつ丁寧に質問に答えてくれて、僕はひとつずつ動かす。
その繰り返しのなかで、不思議な「キズナ」みたいなものが芽生えた。
電話を切るころには、心がほんのり温かくなっていた。
機械を通じて人と話しているのに、なぜか人と人との関係の方が残る。

1時間ほどのやりとりの最後に、ヘルプ・サポートの担当者は言った。
「あさって部署移動なんです。ちゃんとご案内できていましたか?」
僕は答えた。
「今までで一番わかりやすかったですよ、ありがとうございました」
社交辞令じゃなく、本当にそうだった。

夜になり、おそうじ業者にお礼を伝え、外の暗さを知る。
院長室のドアを出ると、廊下の床は明るく光っていた。
僕は受付に座り、自分で番号を発行し、患者になりすましてLINE登録をしてみる。
通知が届くかどうかを確認する。
まるでトライアスロンのように、ひとりで二役、三役を演じては確かめる。
真夜中のクリニックで、僕と機械だけが残っていた。

結局5時間弱。
今日もAir waitと格闘した。
でも、ようやく少しわかり合えた気がする。
人任せにしないで、自分でやってみること。
それは案外、床を磨くように単調で、それでいて終わったあとにだけ残る光沢を持っている。

僕はその光沢を足もとに見つけて、今夜は、少しぐっすり眠れそうだと思った。

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