6月のはじまりと、ひとつの大きな物語の終わり
6月になりました。
カレンダーが1枚めくられただけなのに、人間というのは不思議なもので、少しだけ別人になれるような気がします。昨日までの自分が急にいなくなるわけではないのですが、机の上に置かれた紙を一枚めくるように、気持ちの向きだけは変えられるような気がします。
この週末は、少し懐かしい時間を過ごしました。土曜日の夜中、高校時代の親友とZoom飲みをしました。気づけば5時間。子どものこと、家族のこと、仕事のこと。9月に控えているトレイルランの準備のこと。話している内容だけを取り出せば、すっかり大人の会話です。けれど、話している人間の中身は、どこかあの頃のままでもあります。そういう今の話をしているはずなのに、いつの間にか昔の話になっていました。
高校時代の友人というのは、そんなものなのだと思います。気をつかわないというより、気をつかう前の自分に戻れるような感じがあります。無理に何かを説明しなくても、話しているうちに、頭の中がいい意味でからっぽになっていく。
夜中にコップの氷が少しずつ溶けていくみたいに、今の自分と昔の自分の境目が、少しだけあいまいになります。
そして、徹夜のZoom飲み明けの日曜日。昼の3時から夜9時まで、嵐のラストライブの配信を家族で観ました。嵐は、ちょうど僕が中学生、高校生だった頃によく聴いていたのだと思います。ずっと追いかけていたわけではありませんが、26年続いた歴史の幕が閉じる瞬間だと思うと、やはり寂しいものがありました。5人がそろって踊って、歌っている姿を見ていると、なんだか胸がしめつけられるような気持ちになりました。曲を聴くと、その頃の空気がふっと戻ってきます。
音楽には、記憶を一瞬で連れてくる力があります。少し怖いくらいです。
あの頃には想像していなかった今の自分がいて、でも確かに、あの頃の自分の延長線上に今がある。そして、画面の中の5人もまた、それぞれの時間を重ねて、ここまで来たのだと思います。終わっていくものを見るのは、少し苦手です。けれど、その寂しさの中には、確かに「ここまで続いてきた」という温かさもありました。懐かしさは、ただ昔に戻りたいという気持ちではなく、ここまで歩いてきた自分を少し振り返る時間なのかもしれません。
湿度も高くなり、天気も不安定になってきます。無理をしすぎず、気持ちを落としすぎず。
6月の最初の一日が終わったあとで、昨日、26年続いたひとつの大きな物語が幕を閉じていく姿を思い出しました。
