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冬の名残に触れる八月

[2025.08.09]

今年は1月からかけ直し含め3回パーマをかけていた。
その波打つ髪は、朝の支度に少しだけ手間を増やし、曖昧な形で季節をつないできた。
けれど今日は違う。
窓の外は真昼から熱をため込んだまま、アスファルトの上にゆらめきを置き去りにしている。
風はなく、蝉の声だけが、空気の重さをさらに厚くしている。
こんな日に、長い髪を首に貼りつけておくわけにはいかない。

夏らしく、スッキリしたかった。
美容室の椅子に座り、「短めでお願いします」と言う。
ハサミの音が、アップテンポのBGMに溶けていく。
それは夏への片道切符みたいなもので、一度切り始めたら戻れない。
伸びていた分だけ時間が流れていて、その時間ごと切られていく。
切り落とされていくのは、髪というよりも、冬から積み重なった時間そのものだ。
冬物のマフラーのようなくるくるした髪の束も、ちゃんと手入れをしなかった日も、雨の日に湿気を吸った毛先も、全部床の上に落ちた。

外に出ると、熱風が耳にあたった。
それなのに、不思議と軽い。
首筋にまとわりついていた影が剥がれ落ち、背中から真っ直ぐに夏が入ってきたような感覚があった。
ただ、クリニックに帰ってきて鏡を見たとき、ほんの少しだけ、切らなくてもよかったかもしれないと思った。
夏の光が、短くなった髪をまだ見慣れない僕に、静かに降りかかっていた。

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